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秋刀魚

21日

風が少し激しくなったころに、南三陸から秋刀魚が届いて、川崎家と我が家でおいしくいただいた。小屋つくりを手伝った高橋さんからの贈り物。今は仮設に住んで、漁もしているのだろう。ありがとうございます。

石巻のお茶っこでは、餅つきの企画が大盛況だったよし。楽しい企画を次々に考えているようで、今度はパンがまに挑戦とか。少年の持ち味が生きている。

朝日新聞に自由の森学園の全面広告が大きく載ったので、少しだけれど反響がここにも届いている。全国紙だから、かなりの人が読んだんだろう。これで生徒が少しでもたくさん集まってくれればいいけれど。それにしても、みんないい顔で歌っている。紙面から音が聴こえてきそうだ。

前期最後の授業で、25年前自由の森で一緒に歌った少年からのメールを少し紹介した。

以下その文章(掲載了解すみ)

前略
ブラジルのスラムで2003年から2008年まで生活をし、現在スコットランドでシュタイナーの教育と障害者施設にて携わっています。ブラジルでの生活が始まって以来、合唱の機会があると先頭を切って参加しています(自由の森卒業後歌うことの楽しさを忘れたことはありません)。

そしてその合唱の機会があるたびに自由の森での音楽の授業を思い出して何度もケセラなどを一人口ずさんだことでしょう。特にブラジルでの生活のときは仕事後スラムの坂を上りながら
「♪僕のたちの人生は平和と自由を求めて生きてゆけばいいのさー♪」と自分の生活と歌詞を照らし合わせながら笑顔満面の幸せな気持ちで歌っていました。(同時にこの言葉que seraはブラジルポルトガル語でも使います)。そして同時に武さんが言っていた「先進国へ行くよりもアジアや発展途上国へ行くといいよ」といっていた言葉がとてもよく理解できました。

歌の持つ力、魂へ直接働きかける強さは私たちの人生に大きく影響を与えていることは武さんが一番ご存知のことなのでしょう。自由の森の合唱が私たち魂の根幹の一部をなしているのです。当然私だけでなく多くの自由の森卒業生が意識的・無意識的にこの歌の影響を受けていることでしょう。それをスラムの生活で強く実感することができました。

以下略

わたし「これから25年たつと、君たちは42歳か43歳、人生の盛りだねえ。私はそのときに82歳!生きていたらきっと返事を書くから、世界のどこからでもメールをくださいね。」
そして授業の最後にはケサラを歌いました。
by oguni-folke | 2011-09-21 22:14
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