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フォルケのこころ

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25日
小国フォルケ10周年感謝の会

2000年の6月にスタートしたこの小さな営みもちょうど十年となり、ずっとお世話になってきた山形南部教会の岡牧師ご夫妻や、創設時の中心的なスタッフ是永さんご夫妻、それにフォルケ卒業生7名+小さないのち「柳君・4ヶ月」をお迎えして、10周年感謝の会を持つことができた。

これから3回ほどにわたって、その特集を。

とても豊かな、楽しい会ではあったけれども、ここに集えなかった人、フォルケに来たけれども、いまだ思い通りにならないでいる人、そんな人たちの顔もずっと思いながら。

以前にも紹介したかもしれないが、昨年山形県の教育誌にも書いた文章から

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フォルケのこころ
                            武 義和

私が高校の教員を辞め、ノルウェーの音楽フォルケホイスコーレで一年間学んだあと、小国フォルケホイスコーレ(以下小国フォルケ)という名前で小さな営みを始めて、今年で十年目になる。この名前はなかなか難しくて覚えにくいようで、私の周辺のお年寄りのなかには、いまだに「小国ほろけ」だと思っている人もいるような気もするが、足取りは相変わらずそんな感じだから、それでもいいのかなと思う。

フォルケホイスコーレ(以下フォルケ)はデンマークで生まれ、北欧を中心に世界に数百はあるといわれる学校の名前で、英語ではフォーク・ハイスクールだから、民衆の学校(あるいはカレッジ)というような意味が近いと思う。

いわゆる知識を詰め込んでいくような学校ではなく、体験や対話を重んじ、生きる意味をもう一度問い直すような場所として、一五〇年以上前から存在している。
実は日本にも百年近く前に紹介され、日本で第一号のフォルケとも言われる福島の小高農民学校や、山形自治講習所は同じころに、デンマークのフォルケも参考にして設立されている。
また、最近になって、私がかつて学んだ基督教独立学園高校(小国町)も、まさに日本のフォルケだったのだと気づかされている。

さて、それではなぜ私が、あえてこの難しい名前でフリースクールを始めたのか。

私は学校を出てから十数年間高校教員をしていたのだが、その中で、だんだんと不登校(当時は登校拒否)の生徒や、教室に入れない生徒、また、激しいほどの自己否定の中で、悶々と過ごす多くの若者たちのことが気になり始めていった。
そのころに、私がクラス担任だったある生徒から言われた言葉が、胸に突き刺さった。
「タケさんは音楽教師としては尊敬するけれど、担任としては認めない」

私は音楽教師だったので、大勢の生徒の前で合唱の指揮をしたりすることが多かった分、余計に「ひとり」の生徒には深く関われなかったのだ、とその時は思ったが、実はそれは逃げで、一人の人間のいのちの重さが、何もわかっていなかったのだと今思う。

小国の豊かな自然の中で、大きく深呼吸をしてゆったりと暮らし、北欧のフォルケのように、若者たちが生きる意味をもう一度考え直す場所として、小国フォルケは開校した。ここでの生活を通して、疲れている若者たちは元気を取り戻せるのではないかとも考え、この営みを始めた。

ここはたぶん世界一小さなフォルケで、生徒は毎年一人とか二人だから、卒業生はまだ二十人にも届かない。若者と一緒に生活をするここでの営みの中で、私は多くのことを学ばせていただいてきたが、その中で一番大きなことはやはり、「ひとり」の重さ、深さだろう。

ひとりの子どもの心の中には宇宙がある、と言った人がいるが、まさにそうだなあと思う。いわゆる能力があろうがなかろうが、ひきこもっていようがいまいが、すべての人に、その人固有のいのちがあり、その人だけの宇宙があるのだということ。そして、等しくみなこの地上に生まれてきて良かったのだということ。これこそが「フォルケのこころ」なのだと、最近特に思わされている。
by oguni-folke | 2010-09-26 16:02
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