再開!日々の記録

しばらくお休みしていた小国フォルケの日々の記録
装いも新たに再開します。どうぞまた時々訪問してくださいね。

再開にあたって、京都の一耕君、自由の森の卒業生の西君にすっかり
お世話になりました。心からありがとう。
慣れてきたら、写真も少し紹介する予定です。

2月17日

マッティ、ジェッティと一緒に、山辺町の陶芸家、庄司智浩さんを訪ねた。

庄司さんは独立学園の卒業生で、3年ほど前から山辺町の古い民家を借りて
陶芸の工房を開いている。かつて彼が、今のフォルケ生と同じくらいの年齢の時に、
彼と一緒に白鷹町の陶芸家、梅村先生を訪ねたことが、ついこの間のようだ。

ちょっと控えめだけれど、清楚な感じのする彼らしい作品を眺めながら、
とても幸せな時間を過ごした。

マッティは特に興味があるらしく、いろいろと質問をしていた。
いくつかの作品をお土産に、再訪を約束して別れた。

そのあと、ジェッティの母園?でもあるやまべ幼稚園を訪問し
彼にとって懐かしい先生たちや建物に再会。

その後寒河江をまわって、7時前に帰宅
小国は吹雪
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# by oguni-folke | 2006-02-18 00:08 | Comments(0)

小さきものとして

2000年6月、小国フォルケホイスコーレという名前で、私たちの小さな営みが始まった。学生は1人、スタッフは6人。

 この名前、覚えるのがなかなか大変なようで、初めから正確に言えた人はまずいない。
 「ほろけ、、?」
 ここ山形の小国では、「ほろける」は酔っ払ってほろほろになること。ほろほろふらふらしているのは事実だから、まいいか、と思って「そう、ほろけ」と答えることにしている。

 でも本当はこれは北欧の言葉で、民衆の学校、国民の学校という意味。

「生のための学校」としてデンマークのグルントヴィが提唱、150年以上たった今、北欧全体に広がったフォルケホイスコーレ(以下フォルケ)は、ノルウエーだけでも80校以上を数える全寮制、一年制のフリースクールだ。愛農高校も独立学園も、広い意味では日本のフォルケといってもよいかと思う。

 今から約5年前、愛農高校の直木葉造君(私の独立学園の同級生)が道を開いてくれて、私たち家族は97~98年の1年間、ノルウエーのフォルケの中で、学生たちと共に生活をした。
 子どもたちは地元の学校に通い、妻はボスニア、イラクなどからの難民の人たちと共に、無料のノルウエー語学校で学んだ。

 私はViken(ヴィーケン)という音楽専門のフォルケの、その年最年長の生徒だったが、5時間は教師として授業もすることになった。
「タケ、なんであなたはノルウエーのフォルケに来たの?」何度も訊ねられ、語学力の乏しい私は「うん、日本にフォルケを作りたいのさ」そう答えるのが精一杯。

 それが現実になった。なぜ、いわゆる日本の学校を出てこんな営みを始めることになったのか、それは次回に書かせていただこうと思う。

この続きは、トップページから「小さきものとして」をご覧ください。
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# by oguni-folke | 2006-02-14 15:08 | Comments(0)