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ふくはうち

29日

北陸道、長野道経由で上田に来ました。6月以来で、これまででは5回目くらいになります。

天気もよくて快適なドライブを4時間、ホテルについて主催者の幼稚園の園長先生に挨拶したところで、ハッ!
そこで大変な忘れ物に気付いたのです。

なんと服がない!
明日、歌とお話しの会で着る予定のいっちょらが、、。
玄関まではもってきたのに、、、。積み忘れてしもた。

服は、、うちだ!ふくわーーうちぃ。

最近この手の忘れ物が激増していて、認知症の始まりだろうか、と真面目に心配しています。
明日は仕方ないので、普段着の私のままで(とほほ)内容で勝負!

できるかな?
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by oguni-folke | 2011-11-29 23:01 | Comments(6)

冬が来る前に

幸せとはなんだろう。
午前中訪問されたAさんに問われて考えた。

仕事で成功すること、家族に恵まれること、お金持ちになること、人から評価されること、、、、
もちろんそういうものもあるだろうけれど、それでもむなしく生きている人は案外多い。むしろささいな、小さな何気ないことの中にも、幸せは転がっているのではないだろうか。こういったものがなかったとしても、、、。

**
浪江町から小国に避難していた人たちが昨日、冬が来る前に、いわきに移っていかれました。8ヶ月間お疲れ様。ほんとうに大変でしたね。

***
私は明日は上田です。30日、上田市梅花幼稚園で、つくばトリオのみなさんの助けも借りて、歌とお話の会。
土曜日~日曜はこの冬初の函館です。翌週末は東京。体調管理しないと、、、。
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by oguni-folke | 2011-11-28 23:55 | Comments(0)

こられん

全寮制の独立学園の日課のなかで、毎日あるのがこの「こられん」

といってもおわかりにならないでしょう。
コーラス練習の略で、夕食の後食堂の一角に集まって、音楽係を中心に、歌いたい生徒だけで勝手に歌うというものです。

いつ始まったのか、私が生徒だった頃にはなかったイベントでした。ただ私たちのころも学年を超えて、夕食後に好きな者たちがオルガンのまわりに集まって賛美歌を歌いまくる、ということはしていたので、それが前身なのでしょうね。

私の担当している3年生のこられんは、火、金、日の週3回、めったに私はいけないので、「あまり“こられん”でごめん」などといいながら、時々参加しています。

昨夜は、着いたときにはもう食事も終わり、こられんは始まっていて、澄んだアカペラの響きが食堂の外へも聴こえてきました。

この夕の参加者は女性が10人ほどと男性が2名(途中から食器洗いの当番を終えた男性がさらに2名参加)、文章ではうまくお伝えできませんが、うたごえ千葉で聴かせていただいた100以上のすばらしい合唱や、1000人で歌う合唱とも異質の、違う世界のうたがそこにはありました。決して特別にうまいわけではないのですが。

千葉では5500人の前で「あの空へ帰ろう」の指揮をさせていただいたのですが、(それももちろん緊張しましたが)私は27人の彼らの前にたつときの方が、ずっと緊張します。なぜかな。自分でもよくわからないのですが、、、

彼らがまだ原石のように若い、ということもあるのでしょうが、この合唱団には終わりがある、という特殊性にも理由があるかもしれないです。つまり、こんなに毎日たくさん歌い続けている合唱団には、3年という期限があるのですね。その日がくれば、もう2度と同じメンバーで歌うことがないのです。解散です。
これが緊張感をかもしだしているのかもしれないですね。そして、その日はちかづいています。

(ほんとうは一般の合唱団にも期限(おわり)があるのですが、いつもはそのことは考えずに、明日も来年も、5年後もまた歌えるということを信じています。)

まもなく彼らにとって高校時代最後のクリスマス。独立学園のクリスマスは、ほかの高校の学園祭と文化祭を一緒にした以上の一年の行事の中心であり、それに向けて彼らがどんな歌をこれから作り出していくのか、ほんとうに楽しみです。
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by oguni-folke | 2011-11-28 08:11 | Comments(2)

誰にも会わない一日

25日は民生委員の研修会でした。

今回のテーマは、認知症と悪徳商法(振り込め詐欺を含め)の2つ、どちらも身近なテーマで、興味深く学ばせていただきました。

クーリングオフについても。どういうときには返品できて、どういうときにはできないかとか、契約とはどういうことかとか、言葉としては知っていても、実際には良くわからなかった部分もあり、とても勉強になりました。

26日は、こもって原稿書きと楽譜書きをしていたので、夜考えてみたら、犬以外一日誰とも会いませんでした。(同居人もいないので)
こんな日もあるのですね。というわけで、関川村「ままや」の10周年記念コンサートにはいけずごめんなさい、残念。

雪はとりあえずやんで、今日は良い日になりそうです。午後はAちゃんと勉強の予定、夜には久しぶりに高校生と歌いに行きます。
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by oguni-folke | 2011-11-27 07:47 | Comments(0)

犬は喜び

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雪の朝
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by oguni-folke | 2011-11-26 08:40 | Comments(0)

山村留学しませんか?

11月24日  みぞれ

自分の子どもたちは、本ものの自然のあるここ叶水で育てたいと願い、たまたま仕事もできたので、長男が小学校に入学する春に埼玉から引っ越してきました。

それから20年以上がたち、3人の子どもたちはみなここで育ち、ここの学校、叶水小中学校を卒業、巣立っていきました。のどかな学校ですが、ごく小規模の特殊な学校生活には功罪あって、それが三人の子どもたちにとって良かったのかどうだったのかは、本人たちに聞いてみても今はわからないでしょう。


さて、今日の本題。

この自然豊かで、のんびりとした学校、叶水小中学校に1年でも2年でも、山村留学をしたい人はいませんか?私が(フォルケが)受けいれるわけではないですが、この地区では今年も昨年も1名ずつ、千葉と東京からの中学生を受けいれてきました。来年度も2名までなら可能だそうです。

福島県の人で、とりあえず放射能から逃れたいと言う人、家族一緒もOKです。たとえば中学卒業までの2年間とか。空き家もあります。

現在中学生が全部で10名、小学生が10名です。

私が直接生活にかかわることはないですが、今年も千葉から来ている少年は、ららら合唱団で一緒に歌いましたし、ピアノを習いたいとか言う希望なら叶えられます。

じつはフォルケでも、9年前には埼玉の中3の女子を一年間フォルケ生としてうけいれ、中学校を卒業しました。

ご希望の方、興味のあるかた、とりあえず私にご連絡ください。
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by oguni-folke | 2011-11-24 22:45 | Comments(2)

B級グルメ

ただの音楽好き少年が19歳の時に、どう間違ったか音楽大学なる場所に紛れ込んでしまったのだから大変、その結果いやというほど、というより大げさに言えば死にたくなるほど、その音楽的な基礎力と才のなさを痛感することとなった。

まわりは、生まれた頃から音楽的に豊かな環境に育ち、ずっと音楽をいのちとして生きてきた人ばかり、その中に、子どもの頃はソフトボールに明け暮れ、高校時代は山形の山奥でジャージー牛の乳を搾り、山野を駆け巡っていた私、将来は北海道に行って酪農をしたいと志していた私が入ってしまったのだから、必然として落ちこぼれになった。私の家にはずっとピアノはなかったし、ピアノをちゃんと習い始めたのは、高校を卒業してからだった。

あるときは天才の群れが怖くて、学校に入れなくなった。ピアノの試験でペダルを間違えて踏んでいて、聴いていたそうそうたる教授たちに失笑されたこともあった。(この経験は、フォルケにつながっている。)
私はその現実を直視せず、どうせ自分は才能がないのだからとなげやりになって、必死で勉強することさえしなかったのだから始末が悪い。

ぼろぼろだった。惨めだった。その何年間かをどう生きたのか、わかるのは何とか死なずに生き延びて、気がついたら一人の詩人に出会っていたということ。

そのときには知らなかったが、後でその詩人が重度の障がい者であり、瞬きの合図でことばを綴っていたのだということを知った。その水野源三さんの詩に、短い曲をつけさせてもらい、それが「うたつくり」の私の出発点となった。

でもずっと、自分は音楽の才はないので、音楽そのもので生きることはできないと思い続けてきた。音楽は才能のある人に任せればよいのだ、と。それから私はずっとアマチュアだと思い続けている。だから今でも、じぶんのことを作曲家と紹介されると、体のどこかが照れくさくて、ちょっとうつむいてしまう。

子どもたちといっしょに生きることは好きだったので、卒業後には農業高校に行き、主に体育の教師となった。
4年勤めたあと、今度は岐阜の山奥でハムとかぼちゃを作った(ゴーバル)。その中で、水野さんの詩に曲を書き続けた。(その後いままでにやった職種は、結構自慢できるほど多い。)

自由の森学園の創立にかかわれせていただいたのはその後で、奇跡的に開校できたその学校で、私は初めて音楽教師になった。31歳だった。楽しいうれしい時間だった。

その後、フォルケをスタートするまでの話はまたいつか、ということにして、今日の主題はB級グルメ。
要するに、才なき私がめざす音楽はB級グルメだということ。

B級グルメを辞書で調べると、、『贅沢でなく、安価で日常的に食される庶民的な飲食物の ことである。』とある。

残念ながらA級の高級料理には手が届かないけれど、庶民が愛する食事、庶民が愛する音楽を目指そうということ。

A級にならなくては、とか、A級の人たちの才をうらやんでいた頃は実に苦しかった。
でもいま、役割はそれぞれだよな、と考えることができるようになり、私はB級(あるいはC級)らしく、普通のみんなが喜んで歌えるような歌をつくりたいな、と考えはじめている。

目標は、安価で手が届きやすいけれど、安易ではないうた、庶民的でありながら天につながる音楽。
それにはたくさん勉強しなくちゃな。

こんなことを考えながら、千葉から山形に戻ってきた。

ここの風景は、そんな音楽に似合っているのかもしれない。

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by oguni-folke | 2011-11-23 22:35 | Comments(3)

しんしん

小国に帰ってきました。
帰ってみると浦島太郎のように、ふるさとは違う国になっていました。

積雪はすでに20センチ近いでしょうか。

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一夜明けて  雪と枯葉のハーモニー
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by oguni-folke | 2011-11-21 23:17 | Comments(0)

かえりみち

11月21日

うたの祭典が終わり、これから山形へ帰ります。
小国は朝から雪だとか。

昨日は朝から、合唱交流の部というコンサートに参加、
6時間半にわたる長いコンサートでしたが、(普通の3つ分ですね)
全国で選ばれた、50以上のグループの発表を聴かせていただきました。

次々に心が揺さぶられる歌、笑いが思わずこぼれてしまう歌、
何十年もうたい続けているグループ、この祭典のために結成された
グループ、などなど、うたごえの裾野の広さと豊かさを感じました。

夜は、埼玉合唱団と千葉の合唱団フリューゲルの合同うちあげに参加、
若潮少年少女合唱団から高校生も参加してくれて、楽しいいい会でした。
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by oguni-folke | 2011-11-21 09:44 | Comments(4)

うたの力

5500人が集まって、千葉祭典の大音楽会が感動的に終わりました。

歌い手や作り手がどこに立って、誰に向かって何を歌うのか、という大きな課題はいつもありますが、未曽有の災害に見舞われたこの国で、うたの力を再認識させられた、希望あふれる音楽会でした。

あの空へ帰ろうは、故郷へ帰りたいと願う福島相馬の人たちのことも思いながら、日航の方たち数十人と一緒に、全部で約500人で歌いました。

付記
昨日の合唱発表会で、星ものがたりも歌ってくれた山形センター合唱団、何と金賞受賞!
おめでとうございます。

付記2

ホテルでなにやらうごくもの、おっ、へくさむし!
きみも千葉祭典にきたんだねえ。

付記3

その後彼とはホテルではぐれてしまい、まだ山形へはもどっていないようです。
まだ千葉にいるのでしょうか?
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by oguni-folke | 2011-11-19 23:19 | Comments(4)