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いのちの電話

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花の朝

30日
朝の配達を終えて、小国小学校へ。リーダー研修会というちょっと不思議な企画で、町内各学校から集まった小中高生40人に合唱つくりの授業を。私はとても楽しかったけれど、こどもたちはどうだったのかな?
5曲の歌を練習した後、老人施設のさいわい荘へ行き、歌の発表も含めて、利用されている老人たちとの交流会。最後は「ふるさと」を一緒に歌って。

午後は長井市で、いのちの電話やまがたの理事、伊藤和子さんの講演をお聴きした。いのちの電話、名前は知っていたが、その歴史やしくみ、働きや具体的な事例、自殺予防の対応や対策などなど、とても興味深くうかがった。フォルケのこれまで十年の活動にも重なり、繋がる部分もあった。

電話の普及とともに、57年前にイギリスに始まり、世界に広がっていったいのちの電話、メールの普及とともに、これからはいのちのメールになるのだろうかとも思うが、やはりひとは「人の声」を聞きたいし、人に声を聴いてほしいという気持ちがあるから、この働きはずっと続いて行くのだろう。
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by oguni-folke | 2010-07-31 05:48

命の別名

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朝の霧に包まれて


いい歌に出会いました。

中島みゆき 命の別名

知らない言葉を覚えるたびに
僕らは大人に近くなる
けれど最後まで覚えられない
言葉もきっとある

なにかの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えてゆく
僕がいることを喜ぶ人が
どこかにいてほしい

石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ
僕と生きてくれ

くり返す哀しみを照らす 灯をかざせ
君にも僕にもすべての人にも
命に付く名前を“心”と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも

以下略
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by oguni-folke | 2010-07-27 17:57

魂の飢饉

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盛夏を告げる花
フォルケが始まったころたった一輪だったのに、こんなに増えました。

7月24日

内閣府の調査で、ひきこもっている若者が70万人という数字が発表された。予備軍や共感者を入れればもっと膨大な数になるという。これは予想されることで、大体そんなものかな、という気がする。

小国フォルケは本当に小さな営みなので、その中のほんの一握りの若者と関わらせていただいているだけだが、この課題は、これからもますます大きな社会の問題(もちろん個人の問題)になって行くだろうと思う。

ひきこもり現象の増大という課題は、当事者たちだけの責任ということではなく、現在の日本の他の社会現象とも深く繋がっている。時折暴発する若者の事件はもちろん、いちばん!や強い日本!を掲げる政党が中心の政治、就職難からも派生する教育の問題など、多くの課題の中で生み出された社会現象だと言ってもよいと思う。どういう国や社会をめざすのかというようなレベルで、この問題も捉えるべきだと思う。

また別の見方をすれば、ひきこもっていないひとも含めて、満たされない思い、何を求めていったらよいのか、生きる意味はどこにあるのか、本当の幸せとは、といったような、私たちの心の飢饉、さらには魂の飢饉といえるような重大な局面に、この国が差し掛かっているのだと言えるだろう。

その現実の中で、あなたは、私は、何ができるのだろうか。
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by oguni-folke | 2010-07-24 09:20

真夏の草刈

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小国も今年は珍しくはっきりとした梅雨明けで、以来急に猛暑となり、厳冬期うまれの私はぐったりしている。
草は暑さにますます元気で、お隣のとくのさんのわらび畑も、こうやって草刈をしなければわらびは負けてしまう。

今滞在中のセドリックさん(スイス人)への日本語教室が始まった。欧米の人へは初めてで、あらためて日本語って難しいなあと思いながらも、この時間を楽しんでいる。

今日は1日家庭訪問の日。今日こそうまく会えるといいけれど。

**
会えなかったけれども、部屋の前で少しゆっくり過ごしました。

→教会→ センター合唱団の木村さんと打ち合わせ→ 病院へ行き、友人のY君を見舞う。思ったより元気そうでよかった。
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by oguni-folke | 2010-07-22 06:17

生かされている意味

7月17日

娘と、娘の引越し荷物を積んで朝埼玉の実家を出発、東京三鷹へ。
朝ならすいすいと思っていたのだが、連休の初日ということを甘く見ていて、車の洪水の中に。

ほうほうのていで戻った午後は両親を乗せて、入院中の父の末弟のお見舞いに、群馬・伊勢崎(境町)の病院へ。ところが、受付で部屋を聞こうとすると
「さきほどお亡くなりになりました。」
予期せぬ形で無言の対面となった。まだ語りたいこともあったのに。

亡くなった叔父は69歳で、むしろ父より私のほうに年が近い。叶水・独立学園での私たちの結婚式にも出席してくれて、型破りの式を、意外にも評価してくれた事を思い出す。

これで父の弟たち4人は全員が亡くなり、長兄である年老いた父だけが残された。

私たちには計り知れないことではあるが、父だけがまだ生かされている、という不思議な事実の中に、大いなるものの意思を感じざるを得ない。まだ託されているものがあるということなのではないか、などと考えながら、雷雨の関越道を走って、夜には小国に戻った。
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by oguni-folke | 2010-07-18 06:56

まっとうな学食

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いい本が出ました。編著者山本謙冶君も親しい卒業生の一人で、この世界で大活躍中。25年前の創立のころからの真摯な取り組みを知っているだけに、ようやくという気もしますし、あらためて、ここまで徹底している学食はほかにはないだろうなあと思います。

独立学園の食堂も、少し違った意味で(かなりの部分の食材の生産や、調理に生徒たちが直接関わっているという)日本一まっとうで、おもしろいですが。

一緒に食事をするということをたいせつに、とうたってきたフォルケはどうかというと、食材という点では少し中途半端かな。ただ、食の時間はずっとたいせつにしてきたような気がします。

***
この1週間の報告を簡単に。

8日
長女が11ヶ月ぶりに小国に戻ってきた。スカイプなどで頻繁に話をしていたので、あまり遠くに行っていた気がしない。

9日 
まんまるの理事会に出席 障がい者のグループホーム(すでに3つある)が、さらに必要なってきている件など。

10日
サックスの今たくおさんたちのジャズライブに、小国の茶飯美へ。いい演奏を夜遅くまで楽しませていただきました。

11日
黒澤峠の道の保全の仕事。私はほうきで、敷石の上に積もった落ち葉をはく仕事を。
フォルケのメンバーと何度歩いたかな。いつ歩いてもいい道です。

12日
19日間旅行を終えて、独立学園の3年生が元気に帰校。お帰りなさいの会に出席。
歌が迫力と厚みを増した気がした。

14日
久し振りの授業は、「ヒロシマのある国で」これを高校生と歌うのは15年ぶり?相変わらず世界は変わらない。
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by oguni-folke | 2010-07-15 09:19

ほたる

今年もホタルが舞いだし、昨夜は子ロバの家にも一匹舞い込んできた。
「今年も会えたねえ」とつい語りかけてしまう。

蛍を見ると、いくつかの記憶がなぜか急によみがえって、胸の奥のある部分が震えるような、どこか苦しいような気もちになる。私だけだろうか。

小川のほとりを、母に連れられて見た幼い日 
子どたちの手をひいて見た夜の、子どもの歓声
フォルケが始まるころから、毎年この季節になると必ず若い人を連れて行った河のほとりの闇

蛍が自然に舞うようなところで、私はこどもを育てたかったし、フォルケをやりたかったのだということに気づく。
それが実現できたということのなんという幸いだろうか。
蛍、何の利益があるわけでもない暗闇の小さな光、それでも余白のこんなが感情が、とてもたいせつに感じられるこのごろ

音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ
       鳴く虫よりもあはれなりけれ      (後拾遺集・源重之)

***
一年ぶりの蛍よりも何倍もの時を経て、カナダから訪ねてくれた若い友人とのスナップ
15歳の彼と一緒に独立学園で生活をしていたころの私たちは30代
時を経て、私たち夫婦もそれなりに年輪を刻んだかな

フォルケ、宿泊は条件つきですが、訪問はいつでも歓迎ですよ

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by oguni-folke | 2010-07-05 14:04