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湖畔のもみじ

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ふとあたりを見渡すと 紅葉は今が盛り
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by oguni-folke | 2009-10-31 13:02

差別と日本人

10月26日

朝の配達のあとSさん来訪。今日は代休で真理子もいるので、しばらく一緒にお話を。そのあとはT君と数学の勉強、外は雨。

午後は明日からの準備と、畑で大きくなりすぎたブロッコリーをあわてて収穫、さっとゆでて冷凍。最近かまってあげられないので、畑の野菜たちに怒られているような気がした。

27日

早朝出発、まず埼玉の実家へ。その途中、新幹線車中で「差別と日本人」を読む。
この本は今話題の本で、かなり売れている。辛淑玉(しんすご)さんと野中広務氏との対談の形式で書かれている。

政治の裏側や、知らなかった差別の歴史を知ることができて、それだけでも興味深いのだが、最後の10ページほどで不覚にも車中で思わず泣いた。その理由は読んでのお楽しみ?ということで、ここには書かないが、この本ぜひ一読をおすすめする。(さっそく両親に薦め、もう一冊を買って帰った)

午後新宿を経由して山梨県の石和温泉へ。

28日

山梨英和大学の半日修養会。ここは甲府の郊外にある小さな大学で、これまで高校中学には何度もお世話になっており、また、学長の木田献一先生(奥様のみな子先生も)とは20年以上前からお交わりをさせていただいている。

独立学園卒業生で、フォルケへも訪問したことのある若い友人R君はここの4年生。
今回は「たいせつなきみへ」と題して250名ほどの学生(一年生)さんにお話をさせていただいた。歌ありクイズありで、こういった修養会としてはたぶん型破りのスタイルだったと思うが、私の思いは若い学生さんに届いただろうか。

新幹線を使い7時間で帰宅、上杉景勝の妻、武田信玄の娘菊姫さんが聞いたらびっくりするだろうな。(ただし彼女は一度も米沢に来ることなく、京都で没)

夜は留萌の三浦牧師久々に来訪、宿泊。今回は台湾の先住民族の宣教師のかたと。先住民の方たち(14の民族がいるのだという。元中日の郭源治氏も同じ民族出身とか)のDVDも見ながら、興味深いお話をうかがった。
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by oguni-folke | 2009-10-29 06:23

うたごえ祭典・京都

23日~25日

全国うたごえ祭典・京都に参加してきました。

今回は、「いきる」を祭典の中の大音楽会で1000人以上の方々が歌って下さるので、それを聴かせてもらいに、、これが一番の理由ですが、これだけでは(経済的に)とてもいけないなあとあきらめていたところ、仕事もいただいたので、喜んで参加させてもらいました。

1日目はその仕事1 
小編成の合唱コンサートの審査員

音楽以外も含め、審査員は全く初めての経験で、私でつとまるのかなと心配でしたが、その心配は的中!
点数だけでよいのかと思っていたところ、全ての団体、全ての曲にコメント・講評を書けということ、、。

いやあ、これが大変でした。どれも個性的で良い演奏ばかり、うっとりと聴いているだけならなんと幸せな時間だろうと思ったことでしたが、次から次へ歌は進み、感想やら良い点やら課題やら、、、文字を書いたことが最近はないし(キーボードばかり)、ことばも瞬時には浮かばず、、、。汗かきかき精一杯書かせていただいたつもりですが、的外れやことば足らずにはご容赦のほどを。

2日目 大音楽会

朝一番はノルウェー時代からの友人千惠さんとの再会、時間のたつのも忘れて話に花が咲きました。

その後、午前中は少し時間があったので、41年ぶり(中学の修学旅行以来か)に京都の町を少し歩きました。
思ったより京都の町は広くて、歩いていけるはずがなかなか着かなかったりでしたが、古都の秋をほんの少し楽しみました。

午後はメインの大音楽会
6000人は入った府立体育館に、3時間にわたってうたごえが響き続けました。全国からの参加者が千人以上、それぞれの地域にはその何倍かのグループがあるそうで、裾野のひろさ、参加者のパワー、音楽の質の深さ、高さ、それぞれ驚きの連続でした。

生きるも演奏はすばらしかった。こんな山奥の一室で生まれた曲が、小さな高校の教室で26人の若者によって歌われ、それが自由の森を経由して、こんなにたくさんの人達の手に届けられたということ、感無量でした。

会場にはゴーバルの石原夫妻や独立の卒業生たちも何人かきてくださり、一緒に聞くことができました。
初めての方も含め、色々なかたがたとの貴重な出会い、これも今回の大きなできごとでした。

3日目 オリジナルコンサートの講評員

オリジナルコンサートは創作の曲を発表する場所。次から次へ、全国各地から参加された方たちによる、バラエティにとんだ歌が続き、飽きることのない5時間でした。

技術を超えて、音楽を自ら作りたのしむ、あるいは歌を通して思いを伝える、表現する、という音楽の原点(1週間前にも書いた)に、もう一度私自身も帰ることができた1日でした。

いやあ、「歌」って本当にいいもんですねえ。(誰かの口調に似ていますが)

深夜12時、鉄道の発展により、夕方京を出たのに、その日じゅうに何とかフォルケ着。直江兼続が聞いたらびっくりするでしょうね。
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by oguni-folke | 2009-10-26 15:50

やまぼうし

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川崎家の庭に、やまぼうしの実がたくさんなって、枝が折れそうにもなったので3人で収穫をしました。
私も食べるのは初めて、あっさりしたライチにちかいような味でした。

たくさん取れたので、ひかりさんも手伝ってくれて「やまぼうし酒」を造りました。

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午後から日本語教室のあとB君と白鷹町へ。15年ぶりに深山工芸の村に行きました。15年前に一緒に行った庄司君は、今陶芸家として活躍中。

窯では、責任者の金田さん(陶芸家)に珍しい紅花焼きなど色々と見せていただきました。15年前、ここにいらした梅村先生が生前、一度だけ訪問をした庄司君のことを、気にかけてくださっていたことをうかがいました。胸が熱くなるいい話でした。

そのあと、熊坂りんごを購入して帰宅しました。
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by oguni-folke | 2009-10-22 08:39

悲しくてやりきれない

今日は音楽の話

私の中学時代(杉並・和田中学)は、70年安保前夜の、学生運動が激しくなり始めた頃だったが、一方グループサウンズやフォークソングが全盛で、たくさんの若者がギターを片手に歌を歌っている時代でもあった。

特にブルーコメッツ、タイガースなどのグループサウンズは人気が高くて、一世を風靡したと言ってもよいのだが、そんな商業主義の上に乗っかった音楽とはちょっと異質の学生グループ、フォーククルセダース(フォークル)が登場したのが67年ころだったように思う。

彼らの歌った「悲しくてやりきれない」や「イムジン川」は私たちのもっとも愛する歌になった。イムジン川は発売が禁止となったのだが、耳コピで広がり、私も仲間と作ったグループでよく歌ったものだった。また、悲しくて、の最初の♪「胸に~しみる空の輝き」で、私はたぶん初めてギターでB♭のコードが弾けるようになった。もちろん今でも、両曲とも「そら」で全部歌える。(はず)

自分の気持ちや考えや、社会や権力に対する思いや願いを歌にして他者に伝え、共有することができる、このことはとても新鮮だった。これはフォークルが私に教えてくれたことだったと言ってもよいと思う。
(本当はもっとマイナーだけれど、メッセージ性の強い歌い手もいた事をあとで知るのだが、当時中学生のわれわれにはそれは届かなかった。)

彼らの曲の中で「青年は荒野をめざす」という歌がある。知らない人も多いだろうが、「ひとりで行くんだ、幸せに背を向けて」で始まるこの曲がなかったら、東京を離れて、山形の小さな学校にくることはなかったかもしれないなと思うこともある。この曲のコード進行で、F→Dで終わる終わり方は、拙作にも使わせていただいている。

この曲の作曲者でもあり、フォークル中心メンバーだった加藤和彦さんが亡くなった。
人は必ず別れていくものだが、その早すぎる死、ほんとうに悲しくてやりきれない。
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by oguni-folke | 2009-10-19 11:04

かぼちゃかぼちゃ

13日

秋晴れのよい天気が続く。朝晩は気温が2、3度まで下がり、かなり寒い。
最近卒業したW君を、B君と2人で訪問した。

見習い期間がちょうど終わったところで、昨日からひとり立ちして仕事をしているという。元気そうだった。
ちょうど独立学園の卒業生で、私の大先輩の八島さんが来られて話が盛り上がり、われわれはラーメンまでご馳走になってしまった。

その後からころに。ここには同世代の若者が何人かいるので、フォルケのB君にとっても大切な居場所となってきている。

14日

私がI君と勉強をしているあいだに、新米の発送作業をB君と忍さんで。

午後からは畑の整理。夏のあいだたくさんの実をつけたきゅうりの棚や、トマトの支柱などを片付けた。
もう冬への準備が始まっている。

かぼちゃが大豊作で、50個くらいゴロゴロしている。寒くなると腐ってしまうので、早くどうにかしたいのだが、何かよい保存方法ご存知の方がいたら、教えてください。
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by oguni-folke | 2009-10-17 10:34

敬老会

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12日 体育の日 

今日はここ下大石沢地区の敬老会
フォルケのあるこの集落には、70歳以上のかたが25人おられるが、(全体の40%以上)そのうちの10名が参加して、「ほたる」で敬老会を行った。

昨年は直前にご不幸があり、開催を見送ったのだが、それを言っているとこれからたぶん毎年できないので、今年もお送りした人がいるのだが、2年ぶりに開催された。

これをごらんになっている方で(特にブラジルの省吉さん)、ご希望の方は、ほかの写真もメールでお送りいたします。ご連絡ください。

***
この日は天気がよくて、三条サポステのえびーさんバイクで参上。

13日
文化祭の準備で、夜30名ほどで歌の練習。らららと合同で歌うことに。

現在発行中の週刊「うたごえ新聞」に、私のインタビューが載っています。フォルケの写真も2枚ほど。懐かしいJetty君の働く姿も。
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by oguni-folke | 2009-10-15 10:52

自由の森25周年

10月10日~11日

自由の森学園が誕生して25年目を迎え、記念のイベントに出席のため飯能へ。
今日はその報告と、創立前夜の自由の森(以下自森)のことを少し。

私が、当時明星学園の校長だった遠藤豊さんに初めてお会いしたのは、1982年の冬だったと思う。
私が27歳、遠藤さんは56歳(ほとんど今の私と同年齢)、私は音楽教師としての経験実績はほとんどなく、その当時は岐阜のゴーバルで、かぼちゃとハムを作っていた。

そんな若造の私を遠藤さんは三鷹の駅前の料亭に誘ってくれ、一献傾けながら新しい学校つくりのことを語られた。その年のその後の記憶ははっきりしないが、翌年の冬私はゴーバルを退職、自由の森学園設立のための準備に入った。私はその頃に職なき新郎として結婚したのだが、学校創立の仕事は遅々として進まず、小学校でアルバイトの教員として、約1年半働くことになった。

当時明星の教師や親たちで、遠藤氏や無着成恭さんの教育観に賛同する人たちが、井の頭公園の脇にあった「寺子屋学園」に集まり、新しい学校についてアレこれ語り合ったものだった。自由の森という学校名もその中で生まれた。

当時学校ができる確率は2%だった(松井幹夫氏)そうで、今おもえばよくスタートできたなあと思う。
84年になって許認可関係の色々なことが(奇跡的に)進み出し、用地買収や教員集めなど具体的な準備が始まる。

教員の公募には400人を超える希望が寄せられ、その中から残った40名ほどの人たちによる試験模擬授業が秋に、文京区の太郎次郎社で行われた。そこで選ばれた人達は、今でも自由の森の教育の中核として活躍されている。

そして1番肝心な生徒が集まるか、という問題。遠藤氏はかなり悲観的で、あんまり集まらないのではないかと思っておられたようだが、実際に色々な会での親や、若者たちの反応を最前線で感じていた私や大友さんは、かなり大勢の人達が集まるだろうと予想していた。
そして、そのとおりになった。

以下はまたそのうちに。

そうして出来上がった自森に、教員としては6年しか勤務できなかったのだが、そこでの経験や出会いは、私の人生の宝であり、今のフォルケの営みにも深く繋がっている。

今回の25周年行事では、一こまの音楽授業を、大友さんや音楽の教師のみなさんの協力をいただいて、もたせていただき、「私と小鳥と鈴と」や「ハッピーバースデイ」を一緒に歌った。

会には、開校当時生徒だった人たち(その当時の私よりも年長)もたくさん集まり、いつものように最後は大合唱で終わった。私もひさびさにその輪の中に入れていただいた。あらためて、いい学校だなあと思う。

ただ、たくさん懐かしい人達にお会いしたのだったが、皇室の園遊会のように、ほんのわずかずつしかお話ができず、ちょっと心残りだった。
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by oguni-folke | 2009-10-13 12:52

嵐すぎてなお

9日 台風は通り過ぎていったのに、秋晴れとはならず、時折雨風

朝の配達のあと、いつものようにS君と数学の勉強。今日は多角形の内角の和。
教え方はかなり怪しいが、数学を中学生と勉強するのは、好きな、楽しい仕事の一つ。
その後浄化槽の定期検査。

午後には最近ここを巣立って行ったW君のご両親が、熊坂りんごを持って来訪。

夜はKさんと私たち夫婦で語り合い、その後、最後の訪問者はなんとゴーバルの尚子さん!
訪問者の多い、内容の濃い1日だった。

この秋初めて、ストーブをつける。
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by oguni-folke | 2009-10-09 23:15

もってのほか

8日
午前10時  だんだんこちらも台風が近づいてきて、雨風が激しくなってきています。みなさんの地方はいかがですか?簡単に最近の活動報告です。

***
6日 小国白百合保育園で行われた、置賜地区の保育研修会でお話をさせていただきました。午後からB君と今週のフォルケ開始。

7日 午後に、小国の老人施設さいわい荘評議委員会出席 そのあいだはB君、惠さんのお手伝いで犬洗いなどなど。午後畑で菊の花収穫。山形地方には菊の花を食べる習慣があり、特においしい菊を「もってのほか」と呼んでいます。夕食で酢の物にして食べました。もちろん、もってのほかおいしかったです。

8日 新米の発送作業が始まり、担当の忍さんが忙しくなってきました。B君は朝からその手伝い。明日には第一便が発送予定です。

武の予定をこれまで簡単に記してきました。めったにあえない方と、その場所でお目にかかれる可能性もあり予告してきたのですが、安全面などのことを考え、場所だけをお知らせします。詳細はメールなどでご連絡ください。

11月中旬まで 
飯能(自由の森学園)、京都、甲府(山梨英和大学)、仙台(ひきこもり支援全国大会)、函館(保育問題研究会)
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by oguni-folke | 2009-10-08 10:40