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美しい朝

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今日は第1回フォルケ福音学校が開催されます。
まれに見る美しい、晴れわたった日曜の朝になりました。

遠くから、近くからこの会にご参加のみなさま、どうぞお気をつけていらしてください。また、当日フラッと参加、も歓迎いたします。
今日の14時~明日の昼まで開催していますので、どうぞいらしてください。
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by oguni-folke | 2007-04-29 05:58

水ばしょう

水芭蕉
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みずばしょうはたぶん
花よりも
花のまわりが美しいことを知っていて
それでうれしいと思っているような気がする

4月27日

午前中は配達
午後からゴーバルの春の香りソーセージに入れるふきのとうを5キロ採取
夕方に発送

そのあと米沢の伊藤さん
大きなファックスつきコピー機を持って来訪
本当にご苦労様です。ありがとうございました。

上山のEさん、金沢のIさんからお便り
それぞれ息子さんのことで

こんな田舎に住んでいて、なかなか直接にお話ができないので、
郵便での応答も大切な役割だと思っている。
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by oguni-folke | 2007-04-27 21:24

不思議なめがね

4月26日  

映画の中で、過去から現在に移るようなときに、色のない世界から急にカラーの映像に変わるような手法があるが、今の小国はまさにその世界だ。

昨日はまだ色がなかったのに、今日山々の木々がいっせいにうっすらと色づいている。安房直子の童話にこんな話があったような気がする。

福音学校、1人急に参加できなくなったと連絡が入って1時間後に、別のかたから参加の申し込みがあって、欠員が出ずにすんだ。まだ2人くらいなら今からでも宿泊参加ができます。また当日参加も歓迎です。うれしいことに参加者は50人を超えそうだ。Jettyも来てくれることになった。

マグネが雪の日になくしためがね、これまでもう10回ほど探しに行っているが、いまだに見つからず。雪はすっかり消えたのに。本当に不思議だ。動物が見つけて持っていってしまったか。

*****
「お母さん、なんだか不思議なものを見つけたよ。」
きつねのこどもが雪の上で拾った小さな光るものを、母ぎつねに自慢げに見せました。

「あらまあ、これはめがねね。人間が時々顔にかけているけれど、何かいいものが見えるのかしら」母狐はちょっと不安そうに答えました。

子ぎつねはめがねをかけてみました。
「お母さん!見たこともない景色や、うんと背も鼻も高い人間が見えるよ!丘の向こうには川が見える。きれいだなあ。」

そうなんです。このめがねをかけると、遠いノルウェーの風景や人々が見えるのでした。

****
なんて話もありそうな。
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by oguni-folke | 2007-04-26 23:34

種まき

右側の建物が29日からフォルケ福音学校を開く建物、水源の郷交流館
中央から左が私の母校独立学園
下のきみどり色はふきのとう
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4月24日   うららかに春

やはり私のクラスメイトで、有機農業に取り組む親友、高橋潤一君の家の種まきを手伝う。
薬品は使わず木酢液を混ぜて。
種まき風景
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夜はフォルケスタッフが集まって、福音学校の準備。役割をいろいろと決めた。
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by oguni-folke | 2007-04-25 06:26

おめでとう!

4月23日

私の学んだ高校は、ここの近くの独立学園。ある意味では日本のフォルケホイスコーレとも言えるこの学校は、一貫して少人数の教育を行っていて、私のクラス(学年)は26名だった。今思えば私も含めて個性派の多かったクラスで、先生達も大変だったことだろう。

まさにおなじ釜の飯を食べた14人の男のクラスメイトの中に、授業の合間に東京の町や山の手線などを書いて、いつもニコニコしている少年がいた。演劇にも優れた才を持っていて、そちら方面に進むのかと私たちは思っていたが、地理学を学んだ彼は、後にアメリカにも長く滞在し、都市計画などの仕事もしていたようだ。

その彼、小国フォルケの応援団の1人でもある井崎義冶君、今回の選挙で圧倒的な強さで千葉県の流山市長に再選された。彼の市政を知らないので、あんまり軽はずみなことはかけないが、とにかくおめでとう。ぱちぱちぱち。むかしむかし、市長になる前には、私を教育長にするっていっていたはずなんだけど、申し訳ないけどこちらの仕事が忙しくて、流山にはいけません。ごめんなさい。

フォルケ特別講座で、政治や市民運動のことを話してもらいたいんだけど、これでまたそれも先の話になってしまいましたね。残念。
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by oguni-folke | 2007-04-23 18:19

富士山

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桜が満開の河口湖畔から富士山を望む

19日~20日 河口湖畔で開かれた、山梨英和高校3年生の修養会に参加し、今日無事に戻ってきました。詳しい報告はまた明日。

生まれてから12歳の夏まで静岡で育った私は、いつもこの山を眺めていた気がします。久し振りに間近で眺める富士山でした。
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by oguni-folke | 2007-04-21 23:54

河口湖へ

ちょっとお休み

19日、20日と河口湖で開かれる山梨英和高校3年生の修養会に参加のため、不在になります。参加は昨年に引き続き3回目になります。(中学もいれると5回目)
明日午後車で出発し、埼玉経由で行く予定です。久し振りにおおぜいの高校生たちと一緒に、いろいろと勉強してきます。お互いに良い出会いのときになりますように。
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by oguni-folke | 2007-04-17 22:11

不協和音

今日は音楽の話

私たちは日常の会話の中では、「○○さんたちの仲に不協和音が、、、」と言うようにこの「不協和音」を使うことが多い。普通はマイナスのイメージとして用いられる。

音楽の世界ではどうなのだろうか。
和音の世界は協和音と不協和音でできていて、「ドミソ」や「ドファラ」の和音などは協和音の代表選手だ。ギターで言えばCとかFとかGのコード。たとえば小学校の低学年の先生が、左手で一生懸命この三つの音を弾いている姿によく出会う。

種類からいえば不協和音のほうが圧倒的に多い(無限かも)が、実際の音楽になると、この二つがうまく共存することで音楽が成り立っている。
たとえば小学校で歌うような曲や演歌などには協和音がほとんどだが、Jazzの世界では不協和音が圧倒的に多い。

不協和音をつかわずに曲を作れ、といわれたら困ってしまう。不協和音もあるからこその音楽であり、これがこの世になければ、音楽はなんてつまらないものになっただろうか。不協和音があるからこそ協和音が生きるし、音楽に深さが生まれている。

一見マイナスと思われるようなことが、あるいは一瞬は心地よく聞こえないようなことが、実は人生の深さや醍醐味や隠し味になっていることも多いのかもしれない。

誰かが画策しているようだが、学校や社会を協和音だけの世界にしようなどと考えないほうがいい。いろいろな価値観や、宗教や、いろいろな人たちがいてこそ人生は面白いし、社会は前進するのではないのだろうか。

反対意見を戦わせるような(そして尊重するような)経験を、こどもたちにもっと積ませたい。
あまり「すっきり」しすぎているようなことには、危険なにおいすらする。


***
うーんこれは難問だぞ。
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by oguni-folke | 2007-04-17 06:41

からころ家族会

4月15日

今年の私の目標は「外に出よう!」ということでもあり、午後から米沢で「からころ家族会」に初めて参加する。

この会は不登校やひきこもりの子どもさんを持つ(持っていた)親の会、ということになるだろうか。月に一度集まり、昼食も一緒にとりながら情報の交換やこどもの近況などを語り合う。それぞれの現実は深刻なケースも多いのだろうが、和気あいあいと、楽しそうな雰囲気だ。

こどもが不登校になると、たいていの親は焦り、誰とも相談できなくて1人悩んでいるケースが多いと思うが、こういった会があると、同じ現実を共有することや自分の気持ちを人に伝えることで、ずいぶん気持ちが楽になることが多い。具体的な方向が見えてくる場合もあるだろう。

伊藤さんが主宰者で、すでに顔なじみの方も多いが、初めての人もいたので、少しフォルケの紹介などもさせていただいた。

その後「青空みるくセンター」で牛乳の打ち合わせ
ひきこもっている、フォルケにも何回か参加しているH君の情報なども含めて
伊藤さんは本業は牛乳屋サンだが、ひきこもりや不登校の青年たちと深く関わり続け、その何人かはみるくセンターで働いている。

ひきこもっていた人が社会に再デビューするのに、あまり人に会わずに、それほどの長時間の労働でもない早朝の牛乳配達の仕事は、ちょうど良い仕事なのだろう。

6時過ぎに帰宅
米沢はそろそろ桜の花も、、、、という段階だが、ここ大石沢はまだその気配もない。でも、月末の福音学校の頃は、ちょうど一番美しいときになりそうだ。
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by oguni-folke | 2007-04-16 06:47

過去と未来へむけて

「日本が太平洋戦争で得たものは、憲法だけだった」
と、最近亡くなった作家の城山三郎さんは語っていたという。

祀りあげたい人たちがどんなに美化をしようとも、あの戦争でなくなった何百万の人たちの死に、悲惨以外のものはない。

城山さんのことばを借りれば、彼らのいのちと引き換えに、私たちは平和憲法を得た。そしてこの憲法のおかげで、この60余年私たち日本人は、国単位の戦争によって他の国の人を殺すことも、殺されることもなかったといえる。

彼らの形見、遺産ともいえるこの憲法を失うことになれば、彼らに対してもお詫びをしなくてはならない。その死を、ただの「無駄死」にしてしまうことになる。私たちは未来へも、そして過去へ向かっても、取り返しのつかない失敗を犯すことになるのではないか。

***
4月13日

午前中は牛乳の仕事、午後からはゴーバルに送るふきのとうを採る。

29日~30日の「フォルケ福音学校」の準備も具体的に始まっている。
宿泊参加者約20名と、地元の参加者はのべ30名にはなりそうで、楽しい会になりそうだ。
興味のある方は、どうぞお問い合わせください。

春の夕陽に照る大石沢の山野

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by oguni-folke | 2007-04-13 22:17