<   2006年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

不審者の文章に対する応答3

ひきこもり経験者であるGrahamさんからの応答です。
了解をいただいた上で、感謝してここに掲載させていただきます。経験者ならではの、深い示唆にとむ内容です。ありがとうございました。武

****

「不審者というブログを読ませて頂いての感想です。
私は20歳代のほとんどをひきこもりで苦しんだ者です。
自分が自分自身を「俺は世の中の言葉で言えば不審者だ」と思い、悩んでいました。

ひきこもりの人間でもどうしても外に出なければならないことがあります。医者のところへ行く時などです。
ひきこもりの人間が外に出るには、普通の人には想像できないくらいのエネルギーをまず溜め込まなければなりません。
そしてロケットブースターが発火して一気に空へ飛び出すように一気に近所の世間の眼という重力に反して飛び出さなければ心が保てないのです。
電車の中では視線恐怖に悩み、そしてまた家に帰還するときも発射時と同じく、ものすごい重圧を受けつつ帰還するのです。
だから無事自分の部屋にたどり着いた時には、ヘトヘトで、食事のことなど頭になく、気を失うように1時間くらい眠り込んでしまいます。

「人を裁くな。人から裁かれないためである。」
この文の中には外面的なことと内面的なこととが両方書かれていると思います。人を裁けば、その基準で人から裁かれるのは当然です。でも口に出さずとも、心の中で、人の悪口を言ったり、裁いたりすると、自然と他人から同じような悪口をいわれるのではないか?と自分が自分内部で自分を裁いてしまうのです。心理学では投射と言うそうです。

人を裁くのではなく、その人の心の内から悪しきものが消え去るように!その人の心の内が神のよきもので満たされますように!と祈るとかなり心は楽になると思います。
これは徳島聖書キリスト集会を開いていらっしゃる吉村孝雄さんがよく口に出して言う言葉です。

私は医者から薬を頂き、統合失調症の人たちの集まりであるデイケアというものにも参加したことがあります。確かにデイケアを通して外に出る、仲間ができる、これはフォルケでもやっていますよね。しかし、本当に心が楽になったのは、内村鑑三の本や聖書、それらを通して吉村さんから教えて頂いた上記の祈りです。
カールヒルティーも言うように、心を治すには医者とキリスト教の両方が必要だと思います。

私は今も薬を飲んでいます。でも聖書の学びを通して教えられることがたくさんあります。
コンビニ店員のアルバイトの身です。ニートの人たちともたいして変わりありません。でも毎日働ける場があるのは幸せだと思います。

世間の人たちよ!引きこもりの人たちを裁くのをどうかやめてください。彼らを裁くことによって、得られるものは空しい優越感だけです。
引きこもっている人たちよ!世間という言葉に騙されるな。まず周りにいる近くの人のために上記の祈りの練習をすることを勧めます。

私が苦しんでいた頃にこのようなフォルケがあったら、行ったかもしれません。
私は去年の12月に水道橋のYMCAで開かれたクリスマス讃美と祈りに出席させて頂き、武 義和さんを初めて知りました。
土曜日は5時から仕事が入っているので今井館へ出かけられないのが残念です。
もっと小国フォルケホイスコーレみたいなところがたくさんできるといいですね。」


5月31日

午前中は体育、太久君・Jettyと3人でたっぷり汗をかいた。

午後、Jettyと今年は休耕する田んぼに、かぼちゃの植え付け

夜は私の父が宿泊、久しぶりに子どもの側で親子の会話の時間
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-31 23:40

野菜植え

5月30日  畑に野菜の苗を植えました。

トマト、ナス、キューリ、オクラ、ピーマン、それにジャガイモetc
夏の間だけでも、野菜は自給したいのですが、なかなか上手にはできません。

f0069883_23432453.jpg














昼には山からの見学者あり、午後は3人でワラビ山に行き、わらびを4キロほど収穫しました。
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-30 23:47

山からの見学者

5月30日

「僕もフォルケに入れてほしいな。」Jettyが見つけたカモシカ君。
彼の部屋から直線で約20メートル


f0069883_16134029.jpg
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-30 16:16

季節のパノラマ

樽口峠より飯豊連峰をのぞむ

手前は初夏、その向こうに早春、奥は冬。
一つの風景の中に、いくつもの季節を見ることができるのも、今頃の小国ならではのことです。

f0069883_22585443.jpg


5月29日

今日は、ひきこもっている人たちのことで、いろいろな出来事があった日でした。

早朝には元ひきこもっていた方から、ブログを読んでの感想として、お心のこもったメールをいただき、夜には別のひきこもりの方のことでY市にでかけ、当人とご家族といろいろとお話をしました。私の無力さをあらためて感じる夜でもありました。

一口にひきこもりと言っても、いろいろな状況があるのだなと思います。この写真の中に、そんな状況が凝縮されているような気がして、この写真を今日はアップしてみました。

始まったばかりの小さなブログですが、毎日何十人もの方が訪ねてくださっています。ありがとうございます。このブログの扉を、どんな方が開いてくださっているのかはわかりませんが、もし今厳しい冬の季節の中にいる方がいたら、この写真をぜひご覧ください。

その山の向こうには美しい緑の季節が必ずあります。
死なないでいてくださいね。




Jettyは元気に到着し、フォルケの一週間が始まっています。田植は延期の可能性が出てきました。
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-29 23:15

特別ゲストとともに、さんびとお話の会3

以下のように、東京で「さんびとお話の会3」を開催します。

今回は、ノルウェーの私たちの親友、マグネ君が参加をしてくれる予定で、ノルウェーの歌やお話もあります。彼は現在早稲田大学大学院で日本文学を研究中、日本語は私よりうまいかも。

キリスト教の会ですが、キリスト者でなくても、もちろん大歓迎です。


6月3日 (あと7月第一土曜予定)
午後1時30分~3時半頃まで
場所 今井館 http://homepage3.nifty.com/mukyokai/contact.html(東横線都立大学駅近く・目黒区中根1-14-9電話 5701-5335)
前半はさんびの曲を歌い、後半は主に話中心に
3時からは参加者も交え、お茶を飲みながらお話を。
内容は、聖書の話のほか、フォルケの話、ノルウェーの話、教育のこと、などなど
今回は「詩篇を歌う」という特集です。
会費 300円 (終った後の茶話会費)
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-28 23:30

ワラビ採り

5月27日

今年はいつもの年より、1週間以上春の到来が遅れましたが、ワラビもそろそろ顔を出し始めていて、夕方家族3人と犬のさんちゃんとで、今年初めての山へワラビ取りに出かけました。

森を抜け坂を登り15分、ようやくたどりついたワラビ野には、あちこちにワラビが元気な顔を出していました。ワラビは約3キロ採取、ほかに「しおで」「うど」「あかこごみ」などを採ってかえりました。これら山菜が、今夜の食卓を彩ったことは言うまでもありません。

4期生の梢さんの家から野菜の苗が届き、午後には田んぼにたい肥を撒きました。農作業もいよいよ本番です。
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-27 22:18

応答2

若い友人からもコメントをいただきました。
ありがとうございます。

****
便利さが社会に与えた悪影響は,
コミュニティの破壊だと私は思っています.
便利な機器が他人の助けを必要としなくなった時,
人との付き合いをうっとうしいものとし,
自分ひとりでできない人を劣等扱いにしました.

私は子供の頃から社会が便利になれば幸福になると思っていました.
大学でも工学は社会への貢献だと習いました.
でも,皮肉にもその言葉が私の胸に今,突き刺さっています.
本当の意味で社会に貢献しているのか?と.

最近,ピークオイルのために石油が高騰しています.
近代科学は特に工学は石油ありきで発展してきました.
安価で高効率のエネルギーが高価なものに転じた時,
工学はその存在意義を失います.
代替エネルギーも決定的なものは今のところありません.
つまり,石油の寿命が工学の寿命と重なるとしたら,
後40年そこらしかないのです.
恐らく,
便利さを維持しようとする努力は悲しい結末を生むことでしょう.
ですから,石油を奪い合う愚かな行為で後悔する前に,
私達は自然と共に歩む覚悟をしなければなりません.
(典拠:ビル・トッテン「Our World」
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/1182006_629.html)

話を戻しますが,
農薬で弱った野菜よりも,
自然に育てた健康な野菜の方が虫がつきにくいのと同じように,
便利さで弱ったコミュニティよりも,
お互いが助け合う健全なコミュニティには不審者が入りにくいはずです.
道教に「無為自然」と言う言葉がありますが,
人為を為さず自然な社会こそ私達の目指す社会だと思っています.

****
5月26日

jettyが家に帰り、フォルケの1週間が終わった。
先日参加してくれたTさんからうれしいお便り。また4期生の江利ちゃんも元気だと便りあり。
来週は、5期生鉄平君の働いている保育園(埼玉・桶川)を訪問予定。また、6期生のMattyとも久しぶりに会い、野球観戦(中日×楽天)を予定している。
フォルケ生として生活するのは毎年2,3人だが、期間が終わって縁が切れるわけではないので、年々フォルケ生が増えていくような感じがする。

来週は、30日(火)か31日(水)にフォルケの田植を予定しています。小さな田ですが手植えで植えていきます。フォルケ生だけでなく、独立学園生にも助っ人を頼む予定です。一緒にやってみたい人、見学したい人、ひやかしたい人、みんな歓迎です。但し、私たちは大忙しになりますので、ご自分でここまで来て、帰ることができる人に限ります。天候で延期もありますので、もしこられる場合は、事前に電話をしてくださいね。

2年前の田植風景です。

f0069883_22204871.jpg
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-26 22:23

不審者について思うこと・応答1

5月25日

昨夜の文章に対し、何人かの方から応答がありました。ありがとうございます。どれも私の文章の足りなさを補う、とても内容の深いものなので、許可をいただいた上、紹介をさせていただきます。

アメリカに住む自閉症のお子さんをお持ちの友人からのメッセージです。

 不審者対策に関連して思うことは、精神障害(者)に対する理解の向上と早期診断、
 療育の充実の必要性です。ニュースで見るかぎり、日本では最近何か悲惨な事
 件があると、まず犯人を精神鑑定にかけ、その結果犯人が自閉症であったとか広
 範性発達障害であった、とか報道されることが多いような気がします。まるでそ
 ういう人々を犯罪者予備軍とでも呼びたいかのように。こちらでは、息子が公の
 場でやや奇妙な言動に出ても「彼は自閉症です」と言えば、多くの場合、それで
 皆納得してくれます。一般人の障害(者)に対する理解度に大きな差があるように
 感じます。いろいろな理由が考えられますが、なかでも障害者を養護施設に入れ
 るのではなく、普通教室に介護者付きで参加させるといったことが普通に行われ
 ているため(Inclusionといいます)、障害のないこどもたちが障害者に幼少の段
 階から慣れていることが大きいと感じます。

 ホームスクールの充実とそれに対する公的支援の充実も重要だと思います。こち
 らではホームスクールはごくあたりまえのオプションになっていて、不登校など
 という言葉はありません。もしホームスクールと称して親が何もしていない場合
 には、親の責任が問われます。

 ちなみに、アメリカでこうしたことがあたりまえになってきたのはここ10数年の
 ことのようです。

***
ノルウェーでも、同じような経験をしたことを思い出します。私の子どもたちの通っていた公立の小学校にも、普通に障がいを持つ子どもたちがいて、自然な形で居場所を持っていたように思いました。

*****
パン焼きのあと、3人で山菜採りに。秋の夕日もいいですが、このころの夕日は、さらに美しいような気がします。真理子さんは山菜をあまり採らず、野の花と木々ばかりを眺めていました。


f0069883_21594721.jpg



















丸木橋を渡る・ちょっとドキドキ

f0069883_2203593.jpg
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-25 22:06

不審者について思うこと

5月24日

子どもの周辺で、悲惨で不気味な事件が後を絶たず、世の中はますます不審者を恐れ、その排斥に向かって進んでいる。

こんな田舎の小学校でも、不審者対策という項目が学校の最重要課題になっていたりして、それだけ事件の怖さに多くの人々がうろたえているということなのだろうが、このことについて、今夜は少し考えてみたい。
こういった世論のうねりのようになった出来事にたいしては、そのうねりの力が真実を消してしまうことがよくあるし、誰かがこのことを利用しているということも考えられるからだ。まずは内容を精査することが必要だと思う。

また、なぜこのことを、フォルケから発信するのかといえば、フォルケに関わっている人たちが、表面的には不審者と思われるケースが多いからであるともいえる。親しいA君は、「僕は町を歩けないんですよ。不審者と思われるので。」と言っている。
不審者対策社会が、ひきこもりを奨励している形になっている。不登校やひきこもりの人たちは、そのことでずいぶん傷ついたり、心をすり減らしたりしている。
また、心の病気を持っている人たちや、障がいを持っている人たちも同様といえる。

疑問その1  今回のような事件は、表面的に不審者に見えるような人が、本当に起こしているのだろうか。むしろ、表面的には普通に見える、または善良そうに見える人が起こす場合も多いのではないか?不審者ということばが先行していて、見かけが怖そう、とか、普通ではない、というレベルで多くの人や子どもが捉えているのでは?

疑問その2  子どもに対しての指導(例えば知らない人の車に乗らないとか)はもちろん必要だが、それが過剰になれば、人間不信が深まって、別の形で、社会に悲惨な出来事が頻発するようにはならないのか?少なくとも、障がい者や、ひきこもりの人たちが生きられないような社会にはならないのか?

疑問その3 通学途中の子どもが受ける被害のなかで、誘拐、殺人の被害者の何百倍も、あいかわらず交通事故による被害者が出ていることを、マスコミがほとんど取り上げないのはなぜか?交通事故では「売れないから」ではないのか?

不審者、というような乱暴なくくり方を、再考する必要があるのではないかと私は思うし、もっと根源的に言えば、対策をいくら講じたところで、人々の心の闇がますます深まり、追い詰められたり、居場所のなくなった人たちが増えていく以上、こういった問題は減ることはないと思う。2月の滋賀での、送り迎えをお願いした親による殺人事件が、それを示唆しているような気がしてならない。
もちろん不審者対策が全て悪いわけではないが、それは防御ばかりをしているサッカーのチームのようなもので、そういった個人を追い詰め、不可解悲惨な殺人者を作り出しているような日本の競争社会の仕組みそのものを、私たちがもう一度考え直すことなしに、そして一般論ではなく、その視点からの、具体的提言や小さな実践をして行くことなしに、こんな悲惨な事件を減らしていく決定打は生まれないのではないだろうか。

またK泉さんの言う、「努力をすれば報われる社会」は、「努力をしても報われなかった人」や、努力をすることに疲れたり、それができない状態の人を切り捨てていて、いわゆる「格差社会」を生んでいるのではないか。

こういった頻発する事件の背後から聞こえてくる、「小さな人、弱い人、いろいろな生き方の人、をたいせつにする社会を作りなさい」という声に、耳を澄ましたい。
******

H人くんが丸1日間のフォルケの生活を終え帰って行った。
何年ぶりかの運動や会話や、疲れただろうな。でも、また来週も来てくれたら嬉しいな。待っていますよH人くん。

午前中の体育は、新潟・ままやの平田さん近さんが参加してくれたので、全部で6人のにぎやかな会になった。バドミントンだけではなく、フリスビーやバスケットも楽しんだ。

午後、真理子さん、Jettyと、豆や花の種まき。花壇をまた一つ新たに作った。
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-24 22:31

いも植え

5月23日   昼から雨

雨が降る前に、ということで、午前中jettyと2人で、ジャガイモ、サトイモ、しょうが、ねぎ、二十日大根、などを急いで畑に植えた。いつ芽が出るか、楽しみ、たのしみ。フォルケ生の芽がいつ出るかの方が、もっと楽しみだけれど。

昼から県庁にでかけ、ひきこもり支援プロジェクトの会議に参加。県内の支援団体の人たちや、県の担当者たちと、いろいろ意見の交換をした。

帰り道Y市に回り、長く立ち止まっていたH人くんを乗せフォルケに7時に戻る。H人君、かなり緊張しているが、だんだんうちとけていくだろうと思う。まずは、はじめの一歩、おめでとう。
フォルケにウエルカム!
[PR]
by oguni-folke | 2006-05-23 22:33